次にナフタリの部族がおって、エナンの子アヒラが、ナフタリの子たちのつかさとなるであろう。
同じくナフタリ族。ナフタリの人々の指導者はエナンの子アヒラ、
そこでラケルは、「わたしは激しい争いで、姉と争って勝った」と言って、名をナフタリと名づけた。
ナフタリからはエナンの子アヒラ」。
ナフタリの子たちの部族の部隊の長はエナンの子アヒラであった。
その部隊、すなわち、数えられた者は四万一千五百人である。
その部隊、すなわち、数えられた者は五万三千四百人である。
第十二日にはナフタリの子たちのつかさ、エナンの子アヒラ。
酬恩祭の犠牲に使う雄牛二頭。雄羊五頭、雄やぎ五頭、一歳の雄の小羊五頭であって、これはエナンの子アヒラの供え物であった。